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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9356号 判決 1977年12月21日

原告

太洋観光ホテル株式会社

右代表者

赤羽正富

右訴訟代理人

松村弥四郎

被告

田中一夫

右訴訟代理人

小野紘一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二七四万五七一〇円及びこれに対する昭和四七年七月一日から支払ずみまで五年分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、東京都中央区銀座において、クラブ「ロリータ」を経営しているものであり、訴外山本恵子は昭和四六年一〇月二五日から右クラブでいわゆるホステスとして稼働するようになつた。

2  原告は、右同日山本との間で、次の内容の契約を締結した。

(一) 山本は、同女が「ロリータ」に在店中指名されて接待した顧客(以下「指名客」という。)の飲食代金につき、その支払の責任を負う(以下「本件責任約款」という。)。

(二) 山本は、同女が「ロリータ」を退店する場合において、原告に対し、貸金債務及び本件責任約款に基づく債務を負つているときは、退店後五日以内にその債務を完済する。

3  被告は、前同日原告に対し、山本が原告に対して負う貸金債務及び本件責任約款に基づく債務につき連帯保証する旨約した。

4  山本は、昭和四六年一〇月二五日から同四七年六月一五日まで「ロリータ」でホステスとして稼働し、そのころ退店したが、その間における山本の指名客の飲食代金のうち未払分は別紙のとおり合計金二七四万五七一〇円であつた。

5  よつて、被告は被告に対し、山本の連帯保証人として本件責任約款による山本の指名客の未払飲食代金についての支払債務金二七四万五七一〇円及びこれに対する山本が「ロリータ」を退店した日から五日を経過した後である昭和四七年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否<省略>

三、抗弁

1  本件責任約款の無効

山本は、ホステスとして、原告に従属し、顧客を接待する労務を提供する関係にあつたものであり、本件責任約款は、右雇傭関係に付随して締結された山本の指名客の飲食代金債務を主たる債務とする保証契約と考えるべきものである。

しかして、本件責任約款は、原告が山本との間で、雇傭契約を締結するにあたり、雇主としての有利な立場を利用し、原告が本来負担すべき顧客の飲食代金の回収の危険負担を回避するため、契約金、前渡金などの貸借関係と一体として締約し、山本の負担において、原告が一方的に利益を得ることを目的とするものである。

又、本件責任約款のもとでは山本の負担する債務額は、同女の指名客の飲食代金一切という無制限のものであるが、ホステスの意思により、指名客の来店、飲食を制限することは困難であるから、ホステスたる山本の負担する債務は際限なく増加することとなり、同女に対し、苛酷な負担を強いるものである。

さらに、本件責任約款は、「ロリータ」退店後五日以内に指名客の飲食代金の全額の支払を義務づけているが、これはホステスの退店の自由を不当に制約することとなる。それ故、本件責任約款は公序良俗に反し、無効というべきである。

2  本件連帯保証契約の無効

仮に、本件責任約款が有効であるとしても、被告は、山本の指名客の飲食代金債務の発生及びその金額につき、全く関与しえないのみならずこれを知りうる機会も与えられていない。また、被告の連帯保証債務の弁済期は山本の退店した時から五日後という恣意的な時期である。

したがつて、本件連帯保証契約は、被告が知らぬ間に著しく高額な債務を負担させられるおそれがあり、被告において、その弁済期を予測することができないものであるから公序良俗に違反し、無効のものというべきである。

3  消滅時効

本件責任約款は、山本の指名客の原告に対する飲食代金債務を主たる債務とし、これにつき、山本がその支払を保証したものというべきである。

ところで、原告が主張する本件飲食代金債権は、いずれも昭和四六年六月一五日以前に発生したものであるから、遅くともその後一年の経過により、右債権は全額時効によつて消滅した。

したがつて、右債務の副保証人の立場にある被告は右時効を援用する。

4  一部弁済及び免除<中略>

5  身元保証ニ関スル法律五条の類推適用

(一) 本件連帯保証契約には保証極度額及び保証期間の定めが全くないから、被告の保証人としての責任を判定するにあたつては、身元保証ニ関スル法律五条を類推適用して判定すべきである。

(二) しかして、被告の責任判定にあたつては、次の事情を考慮すべきである。すなわち、原告は、山本の在店中に同人の入金状況が悪化したこと及び同人が退店したことをいずれも被告に通知しなかつた。原告は、「ロリータ」のような高級クラブの飲食代金のごとき短期間で高額となりうる債務の保証契約を締結するにつき、保証人の資格やホステスとの関係などに関する何らの基準をも設けていないのは軽率であり、他方、被告は画廊の従業員にすぎず、固定給も低いにもかかわらず、他から借金をしてまで前記のとおり、保証債務を履行してきた。以上の諸事情を総合して考えれば、被告の保証人としての責任は、もはや、これまでに十分尽されたものというべきである。

したがつて、被告には、原告に対する支払義務は存しない<中略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、請求原因2の事実を認めることができる。次に、<証拠>を総合すれば、被告はかねて知合つていた山本より、同女が「ロリータ」にホステスとして入店するに際し保証人となることを依頼され、これを承諾し、同女がホステスとして稼働することにより原告に対して負う金員支払債務を連帯保証する趣旨で、自己の実印と印鑑証明書を同女に手渡し、同女を通じ原告との間に請求原因3記載の連帯保証契約を締結した事実を認めることができる。また、<証拠>によると、請求原因4の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二そこで、被告の抗弁1につき判断する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  山本は、前記のとおり、「ロリータ」に入店するにあたり、同店在店中における指名客の飲食代金について、その支払の責任を負う旨の本件責任約款を結んだほか、原告に対し、「ロリータ」を退店する場合には、右責任約款に基づく債務及び原告に対する貸金債務のあるときは同債務をも併せ、退店後五日内に責任をもつて解決する旨を記載した入店誓約書を差入れた。これに対し、原告は、山本に対し、同女が「ロリータ」に入店する前勤務していた店に対する債務の支払に充てるため、前借金として金一五〇万円を貸渡し、一定期間に一定額の売上高を達成することを条件に契約金と称する報償金として五〇万円ぐらいを交付した。

2  「ロリータ」においては、顧客に対する飲食の提供はすべて原告の計算でなされ、特定のホステスを指名した顧客が飲食代金を現金払せず掛売りするときには(通常、右指名客のほとんどが掛売りである。)、原告は、売掛台帳の当該ホステスの勘定項目に顧客名とその飲食代金の内訳明細を記帳し、その請求、集金及び入金は、通常当該ホステスを介してなされている。ホステスは、右売掛金を請求、集金をする際には「ロリータ」発行の請求明細書を持参し、原告の名においてするが、顧客の飲食後四五日後には集金の有無に拘らず、顧客の飲食代金を原告に入金することとされている。もつとも、指名客の場合にも、まれにホステスが所在不明になつたり、入金が著しく遅れるようなときには、原告が他の従業員に命じて直接、顧客に請求する場合もあるが、このときにも前と同じ請求明細書を持参して請求している。

3  このように、原告が指名客の飲食代金の集金、入金を原則として当該ホステスを介して行う目的は、飲食代金回収上の負担と危険を回避するにあることは明らかで、このため原告は各ホステスとの間で、同女らが入店するに際しあらかじめ本件のような趣旨の責任約款を締結し、飲食代金の確実な回収の方途を確保し(なお、原告はホステスの給料から未収の飲食代金を差引くこともある。)、そのため、ホステスとしてみれば短期間で店を替ることが困難となり、同じ店に留まり継続して働くことを余儀なくされている。

4  山本が「ロリータ」に稼働したのは昭和四六年一〇月二五日から同四七年六月一五日までで、その間に得た給与総額は必ずしも明確ではないが、前記契約金及び山本の前借金については、同女本人及び被告からの支払によりすでに完済になつているうえ、昭和四六年一二月一四日から同四七年六月一五までの間における未払飲食代金は、合計金二七四万五七一〇円にも達している。

以上認定の事実に基づき考えるに、本件責任約款は、指名客が原告に対して負担する飲食代金債務とは別個に、山本においてその指名客の飲食代金を取立て、これを原告に入金すべき債務を負担させる趣旨のものであると解される。しかし、右認定の事実によれば、山本は原告に従属して原告の顧客を接待する労務を提供する関係にあつたとみられるから、本件責任約款は雇主たる原告が山本との間での雇傭契約締結に際し、その優越的地位を利用して経営者が本来負担すべき掛売によつて生じる代金回収の負担と危険を回避し、その負担と危険を被用者である山本に負わしめ、自ら顧客から取立てるべき飲食代金を同女に支払わせてこれを回収しようとするものであるといわなければならない。しかも、本件責任約款の内容は指名客の飲食代金一切につき山本が責任を負うというものであつて、山本の負担する債務についてはなんらの制限も付されていないところ、山本自身が客の来店を拒絶しあるいは掛売を制限することはその被用者としての立場から見て到底困難であるといわざるをえないから、山本にはその負担する債務が際限なく高額となるのを防止することはできないものといえる。さらに、本件責任約款は、山本が退店しようとするときは、理由のいかんを問わず、退店後五日以内に指名客の飲食代金及び原告に対する消費貸借債務をすべて清算すべきことを定めているから、山本としては各金員完済の見込みのないかぎり意のままに退店することもかなわず、右条項は山本の退店の自由を事実上制約するものである。

以上の事実に照らしてみれば、本件責任約款は、その目的が専ら原告の便宜を図ることのみにあり、そのよつて生じる結果においても原告が一方的に有利である反面、山本に前記のごとき苛酷な負担を強いるものであり、そのような契約が原告の優越的地位を利用して結ばれたものであることを併せ考えると、本件責任約款は、公序良俗に反し、無効というべきである。

したがつて、右約款が有効であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。<後略>

(宇野栄一郎 榎本克巳 石原敬子)

別紙<省略>

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